先ほどの「楽しむということ。楽しめるということ。」にちらっと出てきたAさんだが、実に、大学時代からヴァイオリンを始めたSさんとは対照的になってしまった。
丁度、そのSさんが挨拶に来てくれた日の朝一番、子供の頃から、本当に長年、まじめにヴィオリンを引き続けて来ているAさんの伴奏合わせの初日。
実は、この日の朝、私は、もうどうして良いのかわからないくらい、ガクゼンとなってしまった。
アマチュアの演奏家でもピンからキリまでいると思うが、このAさんも、ちゃんと気を入れて弾けば、そこそこのうまさを持って弾ける人だと、私は思っている。
ところが、(朝一番というのを割り引いても。。。)音程から何から、聴いていられなかった。
しまいに、私の方が自暴自棄に陥りそうで、私は一体、何を教えて来たのだろう??
何で、こんなに(私が)してしまったのだろう?と、何度、演奏を聴いても、そう思わずにはいられなくて、自分の存在すら情けないと思ってしまった。
しかし、いけないいけない、演奏をするのは本人の問題で、私がそこまで関わって(考えて)はいけない。。。
今までに、なかなかそこそこの演奏もやってきたではないか。
そう自分を引っ張り上げては、気持ちを切り替えて、と思うが、やはり、そこそこ弾ける子が、目の前で子供のような演奏をした日には、ガクゼンとなってしまった事が、許されないだろうか。。。
人がうらやむ技量を持ちながら、それを発揮できないとは、こんなにもったいないことは無いと思うが、人間、最終的には、自分のやりたいことにココロが入り込んでないと、つまり、大げさにいうと魂が入り込んでないと、楽しめないし、逆に、本人にとっては、ひょっとするとつらい(?!)事なのかもしれない。
この間、挨拶に来てくれたSさんも、「何か、(人生を変えるほどの?)感動すれば変わるのに!」と言ってくれたが、その通りかもしれない。
今から、どれくらいかかるのかは分からないが、彼女(Aさん)にとって、何か、ココロに稲妻が走るような(?!)感動する日々が訪れることを祈っておこう。
でも、願わくば、今持てる力を振り絞って、後悔の無い演奏をしてほしい。